キャンパスリーダーの独り事

日本人の「人間力」を薄っぺらにしてきた幾年
      ――教育の源泉はニーズづくり  No.232

 「失われた30年」などと間々耳にする。この国のこと、残念だ。この言葉に接するたびに私の脳裏に浮ぶのが、上の主見出しの思いである。いつ頃からだったかは定かではないが、敗戦から立ち直って社会も経済も安定してきた頃からのことであることは確かだ。無念きわまりない。今、ロシアによる侵略と闘って喘ぎながらも怯んではいないらしきウクライナの人びとの姿を、テレビに見入らない日はない。そのつどこれまた私の脳裏をかすめてやまないのが、これが今の日本だったら疾うにお手上げになっているのではないかということだ。
 私の最初の著作は『「状況」が人を動かす』※1であって、この本はベストセラーとなりロングセラーとなった。この中で私が「人間力」なる言葉を創唱してから30数年が経つ。この間にこの言葉は遍く一人歩きし出し、それに伴うかのようにその概念は支離滅裂になってしまったのだが、私が表したかったのは、主体性、挑戦性、責任感、それに慈悲の心など、人間を特徴づける一連の心の働きから発する力である。この言葉に私と似た思いを懐いている人は少なくはないと思うのだが。

 人びとの「人間力」をダメにしてきたものは何か。とても一言で片づけられることではなかろうが、その現象の中枢の一つに、この国のここ数十年にわたる教育観があることは間違いないであろう。
 私の学歴は高卒だが、その実態は義務教育修了といったところだ。中学時代は戦禍を避けての疎開生活をいいことに、祖母の小遣銭をくすねて遊びほうけの毎日、当時は感化院といったが今日いうところの少年院、そこに収容されるのを恐れながら、時に悪事に溺れる不良生活であった。学校に行くのが嫌で嫌でたまらなかったからであった。学校内では「天皇陛下」という一声に瞬時の直立不動を強制された。敗戦直後の授業は教科書の墨塗り作業からのスタートであった。地理のテストに「下記の中から最長の川を3つあげよ」というのが出た。それを見た私は「先生、最長は1つなんじゃないですか」と大声で手を挙げた。教師は「おまえはまた授業のじゃまをするのか!後で職員室へ来い」と。私の勉強嫌いはつのる一方。
 こんな過去の私に某国立大学から、拙著の一部を入試問題に使わせてほしいとの依頼があったのだからお笑いだ。
 この国の教育観は今以て、上っ面こそ変われどその本質は過去の延長上でしかない。有事には「産めよ殖やせよ」と戦争の、平時には「効率効率」と生産の、その時世に都合のいい“道具”づくりではないか。今の企業内で大課題となっているリスキリングの教育もまた同じことになりはしないか。人びとの「人間力」の更なる薄っぺら化が頭から離れない。
 そんな心配を労している矢先であった。NHKテレビに『TVシンポジウム/令和の日本型教育 なにを目指す?』※2という番組があった。またかと思いながら見てみた。「またか」とは、教育改革などと口にしながらその実態は、相も変わらずの経済活動の“道具”づくりを指している。
 ところがうれしいことに、我が目を疑うこととなった。そこに写し出されたのは、紛れもなく「教育改革」の“序幕”とでもいうべきものであったからだ。別紙に添付してこのシンポジウムのパネラーの発言の断片を並べ立てておく。願わくば録画ディスクを入手して全てを見てほしい。教育にとどまらず、人と組織に対するマネジメントにも大いに役立つと思う。

 上記の『TVシンポジウム』の内容を“序幕”と称したのには大事な意味がある。そこにはまだ、教育対象の主体化、即ち受ける側に対するニーズづくりが確とは見られないことである。その発想が歴としていないことだ。おそらくそれは意識されていないことではなかろうか。
 あらゆる人間行動と等しく、教育は「対象」である人に「対応」していくことである。その対応は、対象側のニーズの程度に支配されて効力を現わす。ニーズを持たない対象への対応にはさしたる効果を期待できない。こんなことは企業人ならば誰もが体験しているところであろう。対象者のニーズこそが教育の源泉だと、私は確信してやまない。
 私がかつて主宰していた「チームワーク学校」(別名・子どもたちの「組革研」)、夏休みを利用しての短期間故に課題は学科の修得と異にしたが、5日間の終りには、自活のニーズに囲まれた子どもたちの生き生きとした姿を、これに係わった多くの企業人の方がたは目にされたことと思う。

22.11.13. 

 藤 田 英 夫 

※1『「状況」が人を動かす』(1989年4月。毎日新聞社刊)
※2『TVシンポジウム「令和の日本型教育 なにを目指す?」』(2022年10月。NHK)
    この録画ディスクが入手困難の場合は、「組革研」事務局のマネジメントセンターにご連
  絡ください。

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