キャンパスリーダーの独り事

「人間変異」変革への企業の出番
   ――「自然変異」と「人間変異」・1②  No.228

 「自然変異」と「人間変異」をいかにして再生していくか。それこそが、今を生きる我われ自身にとってもさし迫った課題であるし、それにもまして次代への重責であることには誰も異存はないであろう。
 前者の「自然変異」……個々人ができることこそが大事だが、それには限りがある。レジ袋の有料化やその手の策が我われの意識にもたらすものは小さくはないが、この程度では迚もじゃないが間に合わない。高温下で冷房を抑えればうっかりすると熱中症に連なりかねない。できることは家の屋上にソーラーパネルを並べるぐらいか。企業によってはこの事態を新規事業領域と捉え、はや立ち上がっているところがある。国に求めざるをえない事は限りない。
 後者の「人間変異」……これこそは企業の出番である。人びとが忘れかけている「人間力」を再生するのに、国のちょっかいなど要らぬお世話だ。昔も今もだが、政治家や官僚たちは、海外の後追いには長けているらしいが改革に先んじるのはきわめて苦手のようだ。
 人びとが忘れかけている「人間力」を再生できるのは企業だ。そのリーダーシップをとれるのは、企業を於いて外には無い。企業内の「人と組織」の文化こそが社会に支配的な影響をもたらしうるからである。親の90パーセントは企業人である。企業人の多くは、休日と睡眠時間を除けば企業内の「人と組織」の文化に浸っている。そこで身に染み込んだものは、意識することなく家庭に持ち込まれる。学校もまた同様、だいいち、学校教育が目指しているところの多くが企業指向ではないか。

 カール・マルクスの名を知らぬ人はいないであろう。その一人である私は、『共産党宣言』は元より『資本論』の第何巻かをちらっとめくってみた程度だ。しかるにこのところの巣籠り生活の中で野次馬気分で読み流した本※1に、私が長きにわたって叫んで止まない、しかし至極当然の理念がマルクスの言として紹介されていた。マルクスの哲学・思想についてろくに知りもしないのにある種の先入観に囚われていた私にとっては、それが私の「人間観」や「仕事観」の本質と瓜二つであることに驚いたのでここに再紹介したい。

 マルクス自身は、労働を「魅力的」にすることを求めていた。労働時間が短縮されても、労働の中身が退屈で辛いものであったら、人々はストレス解消に消費主義的活動に走るだろう。労働という活動の中身を変えて、ストレスを減らすことは、人間らしい生活を取り戻すために不可欠なのだ。
(マルクスは)「労働が魅力的な労働、言い換えれば個人の自己実現であるための主体的および客体的な諸条件」を獲得し、創造性や自己実現の契機になることを、目指していたのである。
労働以外の余暇としての自由時間を増やすだけでなく労働時間のうちにおいても、その苦痛、無意味さをなくす。労働をより創造的な、自己実現の活動に変えていくのだ。

  念のために記しておきたい。マルクスの上記を紹介してくれたのは大変ありがたかったが、そのことを除けば、読み流した限りのこの本の内容は、前記した私の先入観を補強するに過ぎないものであった。
 上記のマルクスの理念、このように凛々しく言い切れる企業家がこの国にいかほど居るであろうか。学者、ジャーナリスト然り。類似の言葉の断片をよく聞くが、それは公言して憚らない信念となっているのであろうか。私がこう問うのは、実態がそうなっていないだけではなく、その逆を平然とやっているからである。対象は人間故、もちろんこの種の状態は絵に描いたようにはいかないのは百も承知のつもりだ。

 人びとが人間らしさを忘れかけてロボットらしくなってきているという「人間変異」からの脱出、それは企業の中で、人びとが「道具力」ではなく、己の「人間力」で仕事を遂行していくように変革していくことに尽きる。それ以外に術は無く、それだけで十二分だ。
 毎会期の「組革研」に参加してくる人のおそらく全員がいやいや参加だと思われる。それは集合時の彼らの動きで一目瞭然だ。まるでロボットらしさの見本だ。終了時の彼らの生き生きとした姿、これまた一目瞭然である。人間らしさの見本だ。たった5日間でのことだが、ここでの“仕事”に己の「人間力」を出し尽くした爽快感からであろう。
 と言っても、職場に戻ってからは元の木阿弥と化してしまう人が多いのだが。
 私は60年以上まえから、人びとの「人間力」が心許なくなりつつあると思われる現象と向き合う機会を数重ねてきた。それに挑戦すべく50年まえに創設したのが「組革研」である。
 人びとの仕事の遂行における力の発揮、即ち「人間力」志向か「道具力」志向かに決定的に作用するものは、リーダーによるマネジメントに尽きる。そのマネジメントが、この国では「管理」になってしまっているのだ。人びとの「うつ状態」を生み出してしまうのもこれである。詳しくは、私と精神科医との対談による下記の本※2を手にしていただきたい。
 「人、もの、金」と言う。生産要素としてそれらを横一線に並べるのは当然だが、それを具現化するマネジメントにおいて、「人」と「もの、金」を同列に並べることは不条理きわまりない。管理とは「もの」と「金」を扱う原理であって、元よりそれはきわめて大事なことだ。大事故にその原理を、知らず識らずマネジメントにおいて「人」に当てはめてしまったのであろう。企業内では「誰々は使える、使えない」などという言葉を耳にする。「人材」という語は今日、普及率100パーセントであろう。人びとは「人材にして材に非ず」だ。
 「管理」によって企業の中では帰するところ、多くの人びとが「人間力」ではなく、「道具力」で動いているのである。
 人びとはその「毎日」の中で、自分に有する力のうち、必要に迫られる「道具力」だけを出し、必要に迫られない「人間力」は出しえない。出す、使う力は伸びるし、出さない、使わない力は衰えていく。我われの「毎日」とは、意識することのない、意図することのない、しかし強烈なトレーニングの場なのである。「人間変異」、人びとが人間らしさを忘れかけてロボットらしくなってきているというのは、まさに人びとの「毎日」のトレーニングの結果を示しているのである。
 したがって人びとの「人間変異」からの脱出は、リーダーによる「管理」からの脱出ということになる。

 「管理」とは、その対象を自分の思うように動かそうとする努力である。例えば対象が機械だとしよう。その機械が自分に都合よく動くように、不具合にならないように、当然のことながら先回りして手を入れ、面倒を見る。意図するところは自分が困らないための努力である。
 「人」つまり部下に対しても同様、自分が困らないための努力であって、それによって部下は、その範囲内でそれに応えて動こうとすることになってしまう。
 「管理」の策は多種多様だが、その属性は三つのポイントに収斂できる。私はそれを「三逆リーダー」※3と呼んでいる。
 ポイントAは、「(部下に) 嫌がられない努力」である。嫌がることをさせると、不具合を起こしかねないからだ。うっかりするとリーダーが部下の動きに振り回されかねない状態さえ起こる。人間の日々には嫌なことは限りなく付いてまわる。それを乗り越える力は「人間力」である。つまりはそれを発揮させないことになってしまうのだ。
 ポイントBは、「教える、指示する、世話をやく」である。部下には考えろ考えろと言いながら、先回りしてこれをやるのだ。しかもその中味と言えば、多くの場合は二番煎じだ。部下にとっては楽だ。だが何ともつまらない。後に残るものは、達成感ではなく「道具力」発揮による疲労感でしかない。
 ポイントCは、部下の心を“操作”しようとすることである。その典型が褒めることだ。褒めそやすだ。本当に感心してのそれならば喜ばしい。だがここで言うそれは、見せかけのものである。煽てて動かすと言うべきかもしれない。やがては見透かされてしまうのだが。人びとは人間なのである。ペットではない。

 「人間変異」の元凶は「管理」だと記してきた。これは社会全般においてもリーダー的立場にある人に共通していることだが、ここでは企業内に絞る。
 企業内ではリーダーを「管理者」と呼んでいる。だが個々のリーダーは、部下を「管理」しようと意識してやってはいない。成果を上げよう、部下がちゃんとできるようにしよう、部下を育てようと、つまり善かれと思って一生懸命にやっているそれそのものが、「管理」になってしまっているのである。その特徴が上記の「三逆リーダー」だ。
 「三逆リーダー」の下では、人びとの「人間力」発揮の余地はきわめて限られる。「道具力」発揮のオンパレードを見ることになる。この「人間変異」によって、「仕事力」、労働生産性と言ってもよい、それはせいぜい現状止まり、国際的競争力は下降、業績アップなど何処吹く風になってしまう。
 「三逆リーダー」から抜け出して、部下たちが「人間力」で仕事を遂行していくマネジメントに変革していかねばならない。「組革研」体験でその本質、核心をつかんだ企業内リーダーの職場では、その途上にありながら、はや人びとの「仕事力」は平均1.7~1.8倍になっている。※4
 とはいえこの現象は、けっして大勢の企業内リーダーのものになってはいない。多くのリーダーたちは「組革研」でのマネジメントに強く共感しながらも、企業内に戻ると逆戻り、元の木阿弥と化してしまうのだ。理由は二つ、はっきりとしている。一つは、ほんの5日間での原体験で身についた程度のものでは、何十年にもわたって体に染み込んでいる“初期設定”を変えるには至らないこと。もう一つは、周囲の今までの体質との“綱引き”に引き摺られてしまうことである。 
 「着眼大局着手小局」…戦国時代の中国の儒者・荀子の言、この人生観を私は久しく大事にしている。この言に倣って上記「元の木阿弥」を乗り越えるために、「組革研」では来年から「リーダー革新研究会」(仮称)を創設すべく準備しているところである。歴史的な“初期設定”である「管理」から脱出して、人びとの「人間力」による業績躍進を何がなんでも実現するための研究会である。
 少人数(8人位か)で、それぞれが、リーダーとしての自分の有り様と自分が責任を負う組織のマネジメント問題を持ち寄り、1年間にわたって毎月1泊2日、自分自身で上記のマネジメントを開発していく場である。
 この研究会のリーダーは、「組革研」のキャンパスリーダーとサブキャンパスリーダーが務めます。
 余談ですが、私は、この研究会の参加費を成功報酬制にしてはどうかと、その検討を事務局に求めているところです。

21.9.28. 

 藤 田 英 夫 

※1 斎藤幸平著『人新世の「資本論」』(2020年9月。集英社刊)
※2 藤田英夫・𠮷野聡 対談『 あなたの会社はなぜ「メンタル不調」者を量産
   してるの』(2021年11月1日発売。シンポジオン刊)
※3、4『脱「三逆リーダー」』(2018年7月。ダイヤモンド社刊)

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