キャンパスリーダーの独り事

「普通」 の人によるリーダー変革のドラマ ・ 3 [前週に続く]
―― 「紙 (神) が私を救ってくれた日」  No.162

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  翌朝、Kは壁一面に模造紙を貼り出した。 あのばか者どもの姿を 「再現」 して、自分の見にくい姿に気づかせてやろうという魂胆からであった。 この光景には、さすがの彼らも目をぱちくりとさせた。
  「一人ずつ、昨日の行動をしゃべってくれ」 ……。 順にぼそぼそとしゃべるのだが、黙っているのもいる。 「遊んでいたなら遊んでいた内容をしゃべれ!」 などと怒鳴って、むりやりしゃべらせていった。 Kがそれを、大きな字でそのまま書き留めていく。
  2時間も経った頃である。 場が少しざわざわとしてきた。 他人の模造紙を見て、批判したり、意見を口にしたりしているのである。
  かまわずKは続けていった。 それが一巡したと同時に、 「終わります」 と宣言してミーティングを終えたのであった。 自分の発言はいっさいなし。 さすがに組革研の 「リーダー体験」 を積んだ人である。 ここで説教でもしようものならもうそれまで、というところであった。
  模造紙は貼ったままにしておいた。 いつでも、否応なく目にすることになる。
  翌朝のミーティング、Kは当然のようにその前に立った。 そして昨日と同じように、順に昨日の行動をしゃべらせ、記入していった。
  するとすぐ、彼らの間でおしゃべりが始まり出した。 「ばか、お前何やっとるんだ。 この客、もう一度行ってこいよ」 とか、 「この客、いくらやったらいいんか。 もっと具体的に聞いてこいよ」 とか。 Kにとって思いもかけない光景であった。
  彼は後に、 「紙 (神) が私を救ってくれた日」 だと言っている。
  自ずとこれが、毎朝のミーティングとなっていった。 ちょっと見ただけで日立ちがわかるように、日によってマジックの色を変えた。 紙面が活気に満ちてきた。
  いつの間にか彼らは、Kが聞く前に、ということは前日の夜、仕事を終えてから自分で記入するようになっていた。 こうなると自ずと、朝のミーティングはみんなで意見を出し合う時間になってきた。
  自分の発言の結果が相当に気になるらしく、当事者がそれに手をつけていないと、 「お前、何してるんだよ。 早く行ってこいよ」 などと、催促も始まった。 思わぬ方向へいっている場合などは、 「何でそうなるんだ。 ちょっとまて……」 と、二人で再現を始めたりするのであった。
  業績は、いつの間にかSの穴を埋めて余るものになっていた。
  その年の春、Kが何度めかの組革研 「リーダー参加」 から職場に帰ってみると、仕事を終えたセールスマンたちがたむろしてビールを飲んでいる。 昔と違って、とにかくさわがしい職場になっていた。 一週間ちかく職場を離れていたKの留守のできごとを、彼らはとめどなく、しかし代る代るしゃべるのであった。
  それも終わりに近づこうとしたときである。 それまで後方で静かにしていたDが、突如口を開いた。 「あのね、僕トップセールスになるよ」。 ジョークかと思ったみんながいっせいに腹を抱えて笑い転げる中、ひとりKはそこに別なものを見ていた。 何とも言えない、Dのさみしそうな視線である。
  あの、訴えるような目は何だろう。 後ろ髪を引かれながら家路をたどるKの頭の中を、はっと走るものがあった。 「そうか……。 あの子たちは今まで、夢を見ることも、語ることも、世間に認めてはもらえなかったのか……」。 Kの目はまたたく間に霞み、熱いものが続けざまに頰を伝わって落ちた。
  「よおーし、だったらやったろうじゃないか。 この俺の手で。 彼らと一緒に夢を実現して、世間を見返してやろうじゃないか。 それこそが俺の仕事だ。 そのために俺は所長をやらせてもらっているんだ」。
  1人のリーダーと5人の部下の 「人間復活」 の瞬間である。
  忘れもしない5月20日、Kは、夢も希望ももったことのないらしき5人を、まだためらいを残しながらも、自らを駆り立てるようにして呼び集めた。 「お前たちは乞食だ。 今から俺が大名にしたる」 という能天気な宣言をもってそれはスタートしたのであった。
  この後のKは 「組革研体験を徹底的に取り入れるには」 ―― 具体的には何も浮かんでいないのに、やりたい、やれそうだ、で頭の中はいっぱいだったと言う。
  試行錯誤が始まった。 それがまた、みんなにとっておもしろかったようだ。 何度も何度も、 「だめだ、これは失敗だ。 次はこっちだ」 とか、 「何だこれは、大発見だぞ」 とか、互いに何もわかっていないことがわかってくるし、こうなるだろうと思っていても、全く予想もしないことが現れてきたり、次々と新たなテーマが発生してくるし。 いつしかそれは、組革研の再現となっていった。
  夜ごとのミーティングが始まり出した。 日々の出来事についての調査が終わるのは夜の9時。 その帰りに弁当とビールを手に入れて、三三五五ミーティングに集まってくる。 帰ろうとする者がいない。 12時までには何とか終えさせようと、Kは、 「もう終わりだぞ」 「残り1時間、絶対だぞ」 と、声かけ役に終始した。
  [来週に続く]
  ( 『人を人として』 第五章二より抜粋)

16.10.11.

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