「ロボット症」 とは、人間が人間らしさを失いかけて 「ロボットらしく」 なっている人びとの症状を指している。 これについては去る4月6日 (No.137) のこのコラムで記した。 その症状は、人びとの動きの全般にわたって現れる。それらを特徴的に示す典型的な例をいくつか紹介してみよう。
まずは、大新聞に掲載された65歳の女性の投書*1から。
この若い娘さんの言動は万全とでも言うべきものだ。 驚くべきはその忠実ぶりである。 法に触れることを恐れてその確認は厳しく指示されていたに違いない。彼女はそのとおり正確に動いているわけだ。
だとすると、事は小なれど徒ならぬことではないか。 人間であるならば、どんなに要求されようと、仕事だからといかに指示されようと、杖をついている75歳の人を目の前にし、その人に向かって 「20歳を過ぎてますか」 と言えるとは、どうしても思えないからである。
もう一つ、その2年後の51歳の女性からの投書*2である。
これまた前例と瓜二つではないか。 自分自身が現に目にしているものとは全く無関係に、定められたとおり忠実に動いているということである。
人びとが、他力によってなされるがままに動くようになってきているのだ。
次は、どうすればよいかを自分から探し求めるのではなく、総ては他から教えられるものだと思い込んでいる、というよりも、そういうプログラムが頭に組込まれているかのような症状。
組革研の事務局にアルバイトでやってきた大学生の話しである。
冬の箱根の山。寒さしのぎと雰囲気づくりを兼ねてよく焚火をするのだが、その守役を兼務した彼は、私のすぐ近くの焚木に火を付け始めた。 拾い集めてきた枯枝の上にポケットから取り出した紙の小片を乗せ、それにマッチを擦っている。 当然のことのように火は木に燃え移ろうとはしない。 今度はその辺に落ちている小さな紙切れを拾って同じ動きをくり返している。 それを見ていた私は、しびれをきらして 「紙をごそっと持ってきなよ」 と。 すぐに彼は動いた。
ところがである。 小走りに戻ってきた彼が手にしていたものは、1センチくらいに束ねた真新しいレポート用紙である。 あっ! と私が声を出す間もなく、彼はそれを、くすぶりかけている枯木の中に放り込んでしまった。 とっさにそれを拾い上げた私は、思わず 「バカッ! 」。 私の言葉に反応した彼は 「バカとは何ですか」。
彼が残していった書類によると 「東京大学4年在学中」 とあり、事務局の人に語ったところによれば、就職先は某官庁に内定、 「バカと言われたのは初めてだ」 と憤慨して帰ってしまったそうである。
その気でちょっと見渡せば、古新聞や屑籠はすぐ目につくのに。 なるほどただの知識によれば、紙屑も真新しいレポート用紙も紙には違いないわけだ。 私がやさしく問うていたら、彼は「焚火に屑紙を使うとは教わっていませんでした」と返してきたのかもしれない。
数年まえ、学校が夏休みに入った直後のことである。 ラジオ放送の 『全国こども電話相談室』 を聞いていて驚いた。 「中学2年の○○○○です」 と名乗った後、アナウンサーの 「ではご質問をどうぞ」 に促されて、 「あのー、自由研究で……、僕のやりたいこと教えてください」。
一瞬、電波が途切れたかのようにラジオから音が消えた。 スタジオの人たちもこの質問には息を呑んだのではないかと想像したのだが、書店の学習書コーナーを見るに及んで二度びっくりした。 エレベーターを降りた目の前に、自由研究のマニュアル本が山をなしているのである。
聞くところによると、その歴史は1980年代から。 現在は百数十種類に及び、中には何十万部も売れているのがあるという。 内容はといえば、学年別に、準備から調べる項目、調べかたの解説あり、まとめかたに至っては見本から用紙の使いかたに至るまで、そのままトレースすればよいようになっているではないか。
若ものの 「二十無主義」 なるもの*3を紹介しておく。 3から始まって今や20に至ったという。 「無気力」 「無反応」 「無関心」 「無作法」 「無目的」 「無表情」 「無常識」 「無責任」 「無自覚」 「無自己」 「無抵抗」 「無意識」 「無批判」 「無能力」 「無学力」 「無教養」 「無節制」 「無定見」 「無思想」 「無プロセス」。
これらの症状は強弱こそあれ今、若ものに限ることなく見られるものではなかろうか。
*1朝日新聞(1995年1月29日)
*2 〃 (1997年4月6日)
*3日本経済新聞(2003年1月1日)
( 『人間力』 第三章二より抜粋に加筆)
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