キャンパスリーダーの独り事

心胆を寒からしめる「人間変異」
   ――「自然変異」と「人間変異」・①2  No.228

 今、コロナウイルス禍問題など小さなことだなどと言おうものなら、頭がおかしくなったのではないかと、非難を浴びるであろう。なにしろ世界中がこれに振り回されているのだから。「組革研」のあらゆるミーティングも1年半にもわたって休止せざるをえなかった。それでも言わねばならぬ、小さなことだと、私の頭もいつもどおりだと。と申すのは、私が心配する二つの底知れぬ大問題と比べれば、である。
 コロナウイルス禍には既に手が打たれるし、その解決も時間の問題であろう。それに対するに私が心配する大問題には、まだ手付かずどころか、今日の人びとの意識をもって手を付けうるのかを問われるほどのことだからである。
 それは「自然変異」と「人間変異」である。AIの進展が人びとと社会にもたらすであろうことについても、期待の裏側に負の心配が付きまとっているのだが、今の私はそれを論じる見識を持っていないので、後にひと言だけ申すに止める。

 「自然変異」とは、申すまでもない地球の急激なる温暖化がもたらす自然現象である。
 80年前、といえば私の小学生時代であった。東京の下町育ちである。夏には気温が30度になろうものなら、ラジオではニュースに、顔見知り間の挨拶では話の種となった。冬には土道の表面がほこり鎮めの打ち水で凍る。その上を滑りながらの通学路は遊びの一つだった。今は都心でのマンション住まい、夏の30度超えなど当りまえ、冬の屋外での凍結など見たことがない。客観データではどうなのかと、この80年間での東京の夏冬の気温差を事務局が気象庁に尋ねた。それによると、夏の平均は+4.8度、冬の平均は+3.9度だそうだ。
 今でも真夏には40度を超える日があるのに、もしもこの上昇率でいくと次の80年後には、私たちの子や孫は否応無くフライパンの上に乗ることになってしまう。
 この変異は、超豪雨による世界中での大々洪水、山火事、海面上昇などの例をもって、今や誰もが予感できるところであろう。

 「人間変異」とは、人間だけが有するものが徐々に失われかけている現象である。即ち、生命の原動力である「人間力」をどこかに置き忘れ、それでいて何不自由なく日々を過ごしていることだ。その代表が、人びとが人間らしさを忘れかけてロボット(今までの)らしくなってきている現象である。
 ここのところを確と受け止めてもらうために、ロボットの属性をかいつまんでみると、ロボットには、
魂も心も無い。夢も抱かない。問題を背負って悩むことなく、困っているロボットなど見たことない。責任感も主体性も創造性もない。「やる気」もなければ「やらないで済ます気」もない。総ては他人事。自発的には動かないが、他力を加えれば即、指示・命令どおり動く。状況が変わってもそれには対応しない。どこかの事業所が火事になってロボットが何台逃げ出したなんて聞いたことがない。
 その正反対の特性を持っているのが人間ということになる。私が約40年まえに創唱した「人間力」とは、この属性とは正反対の力を指している。上記の属性にもとづく力を、私は「道具力」と呼んでいる。
 人間のロボットらしさは、本もののロボットより始末が悪い。人としてダメなところだけは依然として人間くさいからである。そのダメなところは細かくは数あろうが、私が気になっているのは次の三つだ。
(1)自由、主体性、個性、これらは人として素晴しい状態だ。自分勝手、自分だけ中心、自分だけ都合、これらは望ましからざる状態だ。この両者の区別ができなくなっていることである。例えば、子どもと老人を除く健康な大人には働かない自由などないはずだが、それを俺の自由だと公言する連中がいる。この見かたには異論があることは承知している。
(2)依存症、というよりも「やってもらう病」とでも言ったほうがよいかもしれない。部下を率いて仕事をしている企業人の「組革研」でのことである。箱根一帯は国立公園となっており、春秋には幼稚園の遠足や休日の家族連れで賑わう。そのせいか道路もそれなりに整備されているのだが、処々、樹木の切り株が道端に顔を出している。それにつまずいて転んでしまい、足のどこかをすり剥いてしまったという。これだけならばよくあること、呆れたのはその後だ。「あんなものを、どうして取り除いておいてくれなかったのか」と、事務局に文句を言ってきたというのである。痛い思いをして腹が立ったのはまあわかる。あるいは他に何かの不満があったのかもしれない。しかしこの途方もない要求には、俺の身の安全は誰かが守っているはずだという下地があるのではないか。
 たばこを止められず、健康を害され、家庭でも職場でも嫌がられるのは、たばこを売っているのがいけないんだと、たばこ会社を訴えた人たちがいた。これを新聞で読んだときには、冗談半分でのことかと思った。ところがこの人たちが地方裁判所に入っていく姿をテレビで見て呆気にとられてしまった。立派な紳士風が真面な顔をしているではないか。私もかつてヘビースモーカーだったので、たばこを止められないのはわかる。私が驚いたのはそれではなく、自分自身の問題の解決を、堂々と他に強要していることにある。
(3)ロボットならば初期設定を換えることによって動きを変えることができるが、人間の“初期設定”にはそれはむずかしいことである。頭の中が過去のものを溜めたままフリーズされてしまっているらしいのだ。我われの頭の中のものはたえず古い。と言って語弊があるならば、持ち合わせている知識は昨日までのものだと言えばよいか。それに対して、我われが日々直面する問題は新しいことが多い。とりわけ昨今の仕事の中では、過去と同一ということは少ない。
 「組革研は人間の中央気象台だ」と言った人(大企業の研究所副所長)がいた。同じ年齢層の100人ちかくが毎月入れ替わり参加するので、その人たちの年代変化が見られるというわけである。この11月には50周年を迎える。参加者には40歳台後半の人たちが多い。かつてと比べると一目瞭然、この頃のこの人たちには「人間力」の衰えらしきが際立っている。
 ここで大事なことを申しておかねばならない。それは誰もが知る人びとの「うつ状態」のことである。日本人の3人に1人、日本が「うつ大国」と言われる所以である。大方の人はこれぞ「人間変異」と思うのではなかろうか。NOである。それは、このコラムの②に記述する「管理」という外力によって生み出されるピュアな人間反応なのだ。この辺のところについては、私と精神科医との対談による下記の著書※に詳しい。

 「自然変異」と「人間変異」は次代の人間にとって古今未曾有の危機ではないかと、私は心配でならない。我われの子供たち、孫たち、そしてその先の人間の人生の日々は、いったいどうなってしまうのだろう。
 この二つの変異は、我われの今の有り様に対して根本的な変革を迫るものであって、もしも我われが今のままを続けていくならば人間の未来はきわめて危ない、と私は考えている。それが行き着く悲惨さは、原爆投下がもたらす惨状を超えてその比ではないであろう。
 原爆開発に賛成の署名をし、後にそれを大いに悔やんだといわれるあの大天才・アインシュタインは「この世には無限のものが二つある。宇宙と人間の愚かさだ」と言ったが、私の二つの大々心配を生み出している人為は、アインシュタインの言の代表となるのではなかろうか。冒頭に記したAI問題も、人間を人材とする中でAIの進展がもたらすであろう負の側面が、このアインシュタインの言に適うことになってしまうのではないかという心配である。
 この二つのうち、より恐ろしいのが「人間変異」だ。
 「自然変異」は、我われ人間にとっては対象(客体と言ってもよい)側のことであり、しかも急激な変化なので、誰にとってもそれによる惨状がありありと目に映る。その渦中で苦しんでいる人たちも大勢いる。それだけにその恐ろしさは世界の万人に共有されつつあり、今やパリ協定をはじめ世界的レベルでなんとか手が打たれようとしている。
 それに対して「人間変異」は、自分たち側のことであり、それも徐々なる変化、さらに人間の内面故にきわめて見えにくい。その上、自分自身がそうなっているので他者のそれに対する同調回路が働いて、周囲のそれに困りながらもついついあるがままに過してしまうことになる。
 企業経営者も政治家も、学者もジャーナリストも、いわんや巷の人びとも、上記の「人間変異」に気付いている気配は全くない。社会常識はむしろ現状に弾みをつけようとするばかりだ。国が音頭をとっている「ワークライフ・バランス」や「働き方改革」などは、「人間変異」を後追いしてそれを加速させるがごとき愚昧なものに過ぎない。
 多くの人びとが「人間力」を出しえずに「道具力」で動いていて、企業の中での「仕事力」、労働生産性は伸びるわけがない。この国のそれはすでに、国際競争間で明らかになりつつあるのではないか。
「心胆を寒からしめる」である。

21.9.10. 

 藤 田 英 夫 

※藤田英夫・𠮷野聡 対談『あなたの会社はなぜ「メンタル不調」者を量産してるの』(2021年11月発売。シンポジオン刊)

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