キャンパスリーダーの独り事

「いいこと・いやなこと」は紙の「表・裏」
――私の「座右の銘」・1(自作)  No.223

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  表だけの紙は無い。裏だけの紙も無い。これは未来永劫、いかに技術革新が進もうとも絶対に、だ。紙に限らない。表裏によって成立しているものの不変の真理である。
  生身の人間にとっても同じだ。即、「いいこと」と「いやなこと」は、表裏をなして一体だということである。AIロボットならいざ知らず、人間にとっては絶対に、だ。
  「いいこと」の最上位は、この飽食社会においては、マズロー※1ならずとも「自己実現」であろう。同じことを私は、「自分の存在感」とか「生きている実感」などと表現している。よく言われる「達成感」なども類義語ではないか。「いやなこと」と言えば、「困る」「悩む」「苦しむ」などであろう。
  「いいこと・いやなこと」は紙の「表・裏」だということは、困ったり悩んだり苦しんだりを取り除いては「自己実現」などありえない、ということである。容易に出来てしまうことに「達成感」などあろうか。その途上で、困ったり悩んだり苦しんだりしてやっとのことでやり遂げるからこそ、「やったぁ!」となるのではないか。世界陸上の短距離選手が100mを12秒で走るには何の労苦もいらぬ。だがそこには、達成感などゼロであろう。もちろんスポーツに限らない。私生活にしろ仕事にしろ、それは、有りと有らゆる人間活動の不変の真理だ。
 こんなことは子どもでも経験していることであろう。

  ところが現下の社会人たちの「対人文化」となると、それは、とんでもなくおかしくなっている。どうかしてしまっている。
  企業内で言えば、多くのリーダーはまず以って、部下を「困らせない」「悩ませない」「苦労させない」ことに腐心しているではないか。それらは、部下に嫌われたくないという姑息な自己防衛がなす業であることは見え見えなのだが、ということはそのために、部下に「自己実現」させない、「達成感」を味わわせない努力をやってしまっているのである。「人を大事に」「人を育てる」の美辞の下で、その真逆を一生懸命にやっていることに気づくことなく、である。
  もちろんこれは、企業内だけのことではない。オールジャパン現象である。

  私が「いいこと・いやなこと」は紙の「表・裏」に気づいたのは今から二十数年前。その数年後に「苦楽一如」なる言葉に出会う。我が家の菩提寺の改葬に伴っての幸運であった。「道元」の言である。道元を知らぬ人は少ないであろうが、鎌倉初期の禅僧、世界に知られる哲学者だ。「一如(いちにょ)」とは、「現われ方は違っていても、もとは一つである。一体である。」と辞書にある。
  道元と私では、雲泥の差どころか人間としての次元の差がある。とはいえ、その「言」が完全に同じであったことにひどく昂奮したことを、私は永遠に忘れないであろう。
  あの時以来、「いいこと・いやなこと」は紙の「表・裏」は私の「座右の銘」となって、はや86歳の日々の私の尻を叩いてくれている。

  「道元」の名を借りたので、念のため少し書き添えておかねばならない。というのは、「組革研」を宗教だなどと頓珍漢なことを言う人がいるらしいからである。浅薄な知識に取っ憑かれた薄っぺら人間の言であろうから捨て置けばよいのだが、宗教にとっても「組革研」にとってもあまりにも的はずれの話しなので、ちょっと記しておきたい。
  「組革研」は「人・仕事関係」の有り様を科学する場であって、強いて歴史的な学問分野に分類すれば社会科学や人文科学に入るであろう。宗教については私は語る資格に乏しい。だが乱暴かつ単純に言ってしまえば、この確信だけは持っている。科学と宗教の違いは記すまでもないが、それは人間にとって、ときに対峙しながら相互依存関係を有して存在している、ということである。
  この私の確信に都合のよいこぼれ話しを2、3紹介しておきたい。
  一つ、1969年に「ノーベル医学・生理学賞」を受賞したドイツ生まれの分子生物学者・マックス・デルブリュック博士のことである。博士は受賞を祝う研究者たちに、『平家物語』の冒頭部分「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。」の英訳を配ったという。※2
  一つ、スティーブ・ジョブズさんのこと。彼は、道元が開祖した曹洞宗の乙川弘文老師を30年間にわたって師と仰いでいたという。
  そしてもう一つ、彼のその信仰は今、以下のように社会に浸透しつつあるという。

 もともと新しくてスマートなものには目がないIT企業は、「ジョブズの禅」にさらに触発され、こぞって禅を社員プログラムに取り入れ始める。
  膨大な情報の海に溺れかかっていた知的エリートたちは、情報と自分を統御する術を、禅、瞑想の一種である「マインドフルネス」に見いだす。グーグル、インテル、IBM、フェイスブック、そしてその流れは米国防総省、米農務省にも及ぶ。
  ジョブズによりスタイリッシュなイメージをまとった新たな禅のうねりは、宗教色を排した「マインドフルネス」という名称のもとで、欧米に拡散している。※3

※1 アブラハム・ハロルド・マズロー 米国の心理学者。「欲求5段階説」を提唱。
 人間の欲求はピラミッドのように構成され、一番下に食べる寝るなど生命を維持するために必要な「生理的欲求」、その上に「安全の欲求」、「社会的欲求」、「自我の欲求」と続き、一番上が「自己実現欲求」。
  ※2 『科学技術白書 平成23年版』
  ※3 「スティーブ・ジョブズと禅 ―世界が注目する禅の実践効果」
     小山哲哉、財団ニッポンドットコムのブログ。16.10.7.

19.10.14. 

藤田英夫 

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