Kの有り様についてもう一つ、是が非でも記しておかねばならないことがある。 それは再三にわたって記してきた、部下を殴る蹴るに関してである。
彼は、この営業所の前に二つの営業所長、その前には本社の人事課長、さらに以前には労組の委員長、同全国組織の議長を経験した人である。 職場で部下を殴ったり蹴ったらどういうことになるかなど、百も承知している。 頭も感性もいい人だ。 もちろん乱暴者ではない。親分肌というのでもない。
この営業所の湯沸し室の引き出しには、以前から出刃包丁が入っていた。 部下に手を出してしまった後の彼は、 「俺が気に入らなければ、あの出刃で後ろからやれ」 と、よく言っていた。
いつ頃からか、彼は腹を括っていたのであろう。 彼には、自分で自分をだめだと思っている部下の姿、だから人一倍がんばらなくてはと自分に言いきかせているらしい姿、怒鳴られながらも彼らなりにがんばろうとする姿が、何とも情けなく、それがいじらしくてたまらなかった。 それに対する己れの有り様は、歯がゆいかぎりである。 そんな中での文字どおりの無我夢中、気がついてみたら部下を殴っていた、というのが最初であったのだ。
Kの、リーダーという人間としての部下に対するこの一途な思いを、当事者たちはどう感じとっていたのか。 それは、Bの先の言を待つまでもないと思う。
私がこのドラマを知ったのは、組革研の場においてであった。 リーダーミーティングの雑談の中で、 「自分はあいつらを親父より愛している。 あいつらの糞ならつかめる」 と言ったのが始まりであった。 殴ってしまった部下をもっと愛さねばと、ひたすら自分に言い聞かせていたのであろう。
彼がDの父親と対面したときの話がおもしろい。
「あなたがD君のお父さんですか。 実は私もD君の父親です」 と、おどけながら名刺をさし出す彼に、本当の父親は、 「あなたですか。 どこかにそういう方がおられるのではないかと、薄々感じておりました」 と真顔で答えたという。 「この3年間ぐらい、息子は私と口をきいておりません。 毎日いっしょに朝食をとっていても、一度もです。 3年もそれができるということは、この子がよほど心の拠どころにする人か物があるのではないかと思っていました。 今、納得しました」。
「すみませんでした。いつかお父さんにお返しします。 もう少し待って下さい」 とKは、用意したセールスランキング表を開いて、 「今、D君はここです。 私たちの夢はここです。 ここに達したときにお返しにまいります」。
彼が営業所長としてこれほど存分にできたのは、もちろんトップの理解によるところ、きわめて大であった。 Kの動きをはらはらしながら見守っていたのは、しばらく前に親会社から出向してきた社長のNさんである。 Nさんは 「怒ったり、笑ったり、喜んだり、泣いたり、むくれたり……。 そういう職場でなけりゃ」 と言う人間通である。 もちろん組革研の仲間の色濃い一人 (今は故人) だ。
[来週に続く]
( 『人を人として』 第五章二より抜粋、少し加筆)
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