今週は、3着150万円の背広を買わされて帰ってきたCさんである。
彼は実は、電話をかけることができなかったのである。 そんな大人がこの世にいるとは知る由もないK、いやがる彼に、客訪問は電話でアポイントをとってからにしろと指示。 「うちの車のユーザーだ。 自分が担当であるという挨拶と車の調子伺いでいい」 と、机をはさんでCの正面に座り、彼が電話をかけるのを待った。
ようやく1件かけ終えた。 見ると顔中汗びっしょり。 「どうした。 何かいやなことでも言われたんか」。 「いえ、何も」。 「どんどん電話しなくちゃ」。 やっとのことで2件を終えた。 だがもうかけようとはしない。 Kはいらだってきた。
「俺をなめとるんか!」 と、やにわにパンチが飛んだ。 「甘えんなよ。 てめえがばかじゃないことは知っとるぞ」 「この声が出るプラスチックの箱がこわいんか? ラジオはどうなんだ、ばかたれ!」 ……よろけた姿勢を立て直すCに、再びパンチ。
「相手が出ると声がうまく出ないんです」。 縮めたCの体から、絞り出すような声が小さく聞こえてきた。
この予期せぬひと言に、Kはしばし茫然。 ……間をおいて、前の営業所での1年間は何をしていたのかと聞くと、最初は2、30件ほど回ったが、どうしても売れないのでエロ本屋回りをやっていたという。 そして意外にも、 「以前から、私はセールスを希望してました」 と言うのである。 「何でまた」 とたたみ込むKに、 「この仕事は、今までの自分には無いものが必要だと思っています。 だからこそやりたいんです。 無いものならつくりたい。 憧れているんです」。
続く予期せぬ彼の言葉に、Kは息を呑んだ。 だがそれは、ややおいて感激へと変わっていくのであった。 「気にいった。 その気持ち、その言葉、全部そのまま俺は受け取ったぞ。 よおし、やろうじゃないか」。
それからの毎晩を電話に専念させたところ、何のことはない、Cは3日にしてこれを乗り越え、電話の数では誰にも負けなくなっていた。
だが問題は続いた。 今度は客と向き合うときである。 訪問の数こそ少なくはないが、Kの見るところ、どうもその中味が薄い。 玄関先での「お邪魔します」、 「けっこうです」 のくり返しに終わってはいないか。
「お客様が怖いんか。 相手はやくざ屋さんか。 それともお前か会社にうらみでももっている人か?」 「何をビビッとる。 これを持ってけ」 と、Kは布に包んだ包丁を背広の裏に突っ込み、 「バンドの背にさして行け。 いざとなればためらうな。 抜けばいいぞ。俺の命令だ。 お前は執行猶予で済む。 でも殺すなよ」。 「いえ、いいです」。 「度胸がつくから持ってけ」。 「本当にいいです。やってみます」。
彼の客訪問の件数と濃さもまた、誰にも負けなくなっていった。
[パンチだの包丁だのの話、それ等は誠に不適切です。 念のため。 来週に続く]
( 『人を人として』 第五章二より抜粋、少し加筆)
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