この営業所には8人の男性セールスマンがいた。 このうち、一人前の仕事をしていたのは、課長のS、それにMとYの3人だけ。 このドラマを綴るには、残りの5人について少しふれねばならない。
Aさん。 最年長者、と言っても30歳台後半。 月曜日になると頭痛、腰痛が始まり、 「月曜不登社」 が続いていた。
Bさん。 30歳台半ば、独身。 背広一着、靴一足で、春夏秋冬毎日同じ。 休日になると会社で下着の洗濯。 会社のソファや車の中で夜を明かすことザラ。 ミーティング中にもこっくり、終わると自分の車に入って眠っている。 外出して眠れば見つからないで済むのに、そこまでの運転ができないほど眠いらしい。
Cさん。 20歳台半ば。 悪徳服屋から車を買うからとおびき出され、逆に何と、3着で150万円という背広をクレジットで買わされて帰ってきた。
Dさん。 20歳台前半。 ユーザー訪問の 「日報」 には、ただ 「4時不在」 「5時不在」 「6時不在」 とだけ。
Eさん。 20歳台後半。 親会社からの転籍。 例えば入社時の会社説明会などでは、一人ぼおっとして窓の外を見たまま。
5人は、すでに自分自身を諦め、投げていたかのようであった。 当然、セールスに出かけてはいくものの、仕事になるわけはなかった。
Kが着任時の営業所の業績は、目標の60パーセント。 当該メーカーの固定客、3人の一人前のセールスマン、それに店頭に来る顧客によるものだけであった。
俺にまかせてみろどころか、Kは一日にして言葉を失い、気がついてみると自分自身が下を向いていた。 ここは化けもの屋敷だ、どうやって逃げ出そうか。 そんな言葉が彼の頭の中を駆け巡り始めていた。
悩みに悩んだ数日を過ごす。 考えれば考えるほど、今までの自分、家族、会社、そして 「化けもの」 との狭間に追い込まれていく。 だが、逃げてはならない、参加したばかりの組革研での体験も、自分自身にそう語りかけてくる。
踏みとどまることに腹を決めたときには、すでに一週間が過ぎていた。 その朝、ショールームのガラス越しに見る歩道に、黄色いイチョウの葉が雨に打たれているのが目に入ってきた。 それに足を滑らす人もいる。 覚悟したとはいえ、では何をすればよいかと悶々の時を過ごしていた彼は、ふと、このイチョウの葉の掃除を思い立った。
掃いても掃いても、またイチョウは “仕事” を与えてくれる。 それはしばらくの間、彼にとっての安らぎとなっていた。
歩道がきれいになってくると、それに続く営業所の駐車場のごみが目についてきた。 駐車場がきれいになると、次はショールームが、床がきれいになると壁が、壁がきれいになると蛍光灯がと、そこいら中が次々と気になっていく。
こんなことをしていたのではだめだと考えながらも、社長がよくがまんしてくれていると思いながらも、周囲を明るく、きれいにすることに没頭する半年が過ぎた。
ほんの少しだが、営業所の空気が変わってきたのではないかと思えるようになったのは、このあたりであった。 AとDが毎朝、K所長の掃除を手伝うようになっていた。
そんな折の4月、いちばん高業績の課長Sが転勤ということになった。 しかもその補充はなく、所長の兼務ということである。 月々の売上げが七台前後は確実に落ちる。 Kにとっての新しいショックであった。
Sがいなくなった翌朝のミーティング、 「掃除をみんなで分担しよう」 と、Kはセールスマンたちにボールを投げてみた。 「S課長がいなくなるので業績がさらに落ちる。 その分みんなでカバーしてくれ」 と言う代りに、であった。
初めて、彼らから声が出てきた。 「トイレもやるんですか」 「なんで営業だけで分担しなければならないんですか」 「背広にハネが付くから……」 「駐車場は隙間が狭くてお客さんの車を傷付けたらどうするんですか」。
やっと彼らが口を開いたうれしさ。 一方で否定的な発言ばかりへの腹立たしさ。 相克する二つが相乗し、ここに至ってKは、とうとう 「切れる」 こととなった。
「てめえら、何を言うんだ! 社長の建物をきれいにしてくれと頼んでるんじゃないぞ。 そんなことはくそ喰らえでいい。 自分のお客が使うトイレや駐車場をきれいにしたらどうだと言ってるんだ。 お客を迎える者として当然だろうが! てめえら、それでも営業マンか! 誰々がやらんから自分もやらないと、そんな情けない人間か!」。
ミーティングは彼の怒声に終わった。
座して死を待つより、こうなったら闘ってやる、徹底的に引きずり回したる。 追い込まれて窮鼠猫をかむことになったとき、ふわーっとKの頭に浮かんできたものが、組革研では欠かすことのない 「模造紙」 であった。
[来週に続く]
( 『人を人として』 第五章二より抜粋)
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