我われの身体を維持し、成長させているものは食べものだ。 精神を維持し、成長させているものは問題だらけの生々しい状況だ。
問題のない人生などない。 仕事ともなればなお一層だ。 問題のない企業活動なんてありえない。 ということは、我われ人間の精神活動の糧は有り余っているということになる。
だとすると、人びとの 「人間力」 は大いに発揮されているはずである。 どうか。 NOだ。 なぜか。
人間と組織に付きまとう習性によって、問題だらけの生々しい状況は、人びとに迫るどころか、逆方向へと流されていってしまうからである。 問題は歴々としているのに、見てくれの良いように、すっかりと “化粧” されてしまうのだ。
組織の中は “化粧ごっこ” である。 だめ組織ほど厚化粧であることは、社会問題となる例を待つまでもない。
人間に付きまとう習性としては、四つが目につく。
その一は、我われは問題だらけの生々しい状況を、 「よく見ることができない」 ということである。
まずは、ありありと、あますところなく見ることができない。 ありありというよりも観念的、あますところなくではなく一部、それらをもってその全体を察してしまい、わかったとなってしまうからだ。 こうなるともう、見れども見えずになってしまう。 インテリを自任する人たちに典型的な現象である。
さらに、そう見たいように、自分の都合で状況を見てしまうことである。 「人間は、本能的に自分の持っているイメージに合わせて対象を見ようとする。つまり、自分のイメージに合わないものごとを、意識的に、あるいは無意識のうちに無視したり、切り捨てたりする」 と言う *1 のは森本哲郎さん (朝日新聞記者・当時) だが、まさに同感だ。
「見ることも聴くことも、考えることと同じように、難しい、努力を要する仕事なのです」 と言う *2 小林秀雄さん (文芸評論家・当時) の言にいたく同感する。
その二は、問題から 「遠ざかろう」 とすることである。 人間は誰でも、困る問題を見たり、聞いたり、いわんや抱えるのは嫌だ。 それでは済んでいかないと思いつつも。 「見ざる、言わざる、聞かざる」 である。
その三は、問題を 「消そう」 とすることである。 現れている現象は氷山の一角、その下にはそれらを生み出す因ががっちりと根を下していることを察知しつつも、とりあえずは 「臭いものには蓋をする」 という、 「もぐら叩き」 に走ってしまうことである。
もちろん問題は無くありたい。 しかし、姿を現したせっかくの問題なのだ。 人びとの 「人間力」 を引き出す、また改革や改善のための願ってもない宝なのだ。 にもかかわらず、その宝を消すことに懸命になってしまう。
その四は、問題を 「隠す」 ことである。 と言っても、今日の巷に溢れる数々の例に見るようなものとは全く異なり、騙そうとか欺こうというような意図から生じたものではなく、結果として隠されているのと同じになっているという類のものである。
部下からの報告、上長への報告の中身はどうであろう。 ミーティングでの話しの内容はどうであろう。 まずいことは少なく、うまくいっていることのほうが多いのではなかろうか。 仕事を少しでも挑戦的にやっているのならば、逆になると思われるのだが。 部下の仕事の先端に足を運んだときはどうであろう。 うまいことに初めて出会うことは少なく、まずいことだらけではなかろうか。 うまいことはとうに漏れなく聞かされており、まずいことは聞かされていなかったから。
そう、人間は嘘をつく動物なのだ。 挨拶やお上手を入れると、我われは一日に何十回もの嘘をついているという。 隠すのもその一つかもしれない。
自ずとそうなるように、人間はできているらしい。 我われの癖、無くて七癖のうちの一つか。
人間に付きまとう習性を助長しているものが、組織に付きまとう習性である。 何よりも、問題を起こさないことを善しとする文化である。 老化した組織集団は語るに及ばず、成熟した組織集団は多かれ少なかれこれにはまり込んでいる。
このような中ではいつの間にか、人びとは状況に対して “盲目” になっていく。 さらに、いつの間にか “嘘つき” になっていく。 ありのままでは、上部や周囲に受け容れられにくく、仕事がすすみにくいという意識が働くからであろう。 ここでいう嘘つきとは、問題だと思われる部分を目立たないように、あるいは当り障りのないように拵えて他に伝えようと努めるから、結果として偽ったことになってしまうということである。
厚化粧された似非状況を打ち遣って、人びとに迫る問題だらけの生々しい状況をいかにして顕在化させていくか。 その方法、即ち状況の 「直結化」 へのアプローチの一つが、組革研で開発された “化粧はがし” である。
*1 森本哲郎著『「私」のいる文章』(1988年)新潮社
*2 小林秀雄著『モーツァルト』(1991年)集英社
( 『人間力』 第六章四より抜粋に加筆)
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