仕事とは、「対象」 に 「対応」 していくことである。下の図式はそれを示している。
仕事の対象を大別すると、人と物になる。 物として括るのは人以外の総てだ。 人に対しては貢献していくこと、物に対しては価値を付加していくこと、これが対応だ。 その競争をしているのが仕事であって、競争の優劣の結果として、収益を手にすることができる。
この図式を3年生以上の小学生約100人に解説してみたが、彼らにも理解できた。
これが、「仕事の3D」の一つめだ。
ということは、仕事において何よりもまず最初に思い巡らすべきは、「対象の役に立つ」ということである。
この視点に立ってこの社会における実態を見ると、どのようになっているか。
まずは、企業レベルにおいて
産業人の使命はこの世から貧乏を克服し、人々に幸福をもたらし、楽土を建設すること(中略)。 わが社の真の使命もまたそこにある。(中略) その報酬として利益を得る。利益追求だけを目的としない。
とは、「経営の神様」 と称されていた松下幸之助さん (松下電器産業・現パナソニック創業者) による大勢の従業員を前にしての声明*1である。 その場で 「これを聞いた従業員は感動に包まれた」 という*2。
会社は良い仕事をしたから儲かるのである。 儲けとは答えであって、儲け主義とはちがう。
とは、安藤百福さん(日清食品創業者)である*3。安藤さんの発明によるインスタントラーメンは、今(2012年)や世界中で年に982億食という気のとおくなるような数が消費されているという。
この種の言はもちろん、お二人に限らない。 そしてこの方がたの企業理念は、けっして言葉に終わってはいない。
しかるに、他方ではどうなっているか。
物に対する価値の付加については、今までの日本企業は世界に冠たる存在であった。 だが、人に対しての貢献はとなるといささか雲行きがあやしくなってくる。 大企業においてさえ、反社会的行為、悪徳商法が目についてくる。
リコール隠しをくり返し続けたあげく、とうとう道行く母子を死傷させてしまった某大自動車メーカー。 これでは殺人ではないかと言う人がいたが、私もそれに共感する。 その翌日の大新聞に掲載された同社の全面広告には、「安全は○○○○○ (自社名) の願い」 とあった*4。「一生涯を託せる保険」 などのCMをテレビで流しながら、業界ぐるみで100万件をはるかに超える保険金の底知れぬ不払いを続けていた保険会社*5。 大社会問題となった数年後に至ってもまだ、それは度重ねられていた*6。諸々の偽装、枚挙にいとまなし。 食品偽装に至っては年間何万件になるだろうか。
分野は異なるが、有罪獲得至上主義に走って無実の人を犯罪人に仕立てるための証拠の隠滅・改ざんや 「虚偽の供述調書の作成が常態化していた」 といわれる*7検察の一部も、その根っこは同じであろう。
この類、数え挙げれば切りがない。
いまの日本には、我利我利亡者のような心の貧しさが漂っている。
現在の世相の乱れは、各界のリーダーに哲学がなく、私利私欲に走っているためではないか。
と言った*8 *9のは、経営者の間で大変に評価の高い*10 稲盛和夫さん (京セラ、第二電電の創業者、両社の名誉会長) である。
では、個人レベルではどうか。
仕事とは何かの問いに、「生活のため、自分のため」 つまり 「自分が生きていくための手段」 だというのが約62パーセントを占めて、他を圧倒している。 次いで 「社会のため」 が20パーセントと続き、「会社のため」 が17パーセントとなっている。 この数字は、組革研の直近の参加者277人のものだが、22、3、4歳の若もの59人に聞いてもほぼ同じであった。 おそらくこの辺りが、日本人に支配的な常識となっているようだ。
『13歳のハローワーク』 なる本の旧新版*11がある。 某芥川賞作家の著作である。読んでみた。 「働くとは人の役に立つことである」 に類する文言を探してである。 残念ながら、どのページをめくってもそのような言は見当らない。 そこにあるのはどこまでも、仕事とは 「自分にとってどうか」 ばかりだ。 「『仕事』 は生きていくことを支えるものである」 との著者の言もあるが、これも、他者の 「消費生活」 をではなく、自分のそれを支えることを指している。
この本は2003年に発売されてから140万部を超えるベストセラーとなり、7年まえのデータでも既に、全国の八千校以上の小・中・高等学校で教材や参考図書に採用されていると聞く。
何たることだろうか。 かわいそうにこの国の子どもたちは、感受性豊かな小・中学年の頃から、仕事とはというこの大事なことについて、こんなふうに刷り込まれてしまっているのである。 学校教育は今、就職の支度機関みたいなものに成り下がっている。 にもかかわらず六三三四の中で、ひと言たりともこの大事なことを学ばせることがないのだ。
個人レベルでもまた企業レベルでのそれと等しく、仕事とは 「対象の役に立つこと」 に目を呉れることなく、「自分のための金稼ぎの手段、道具である」 が確固たる常識となってしまっているのである。
手段や道具である以上、そこに心を注ぐ要はない。 使い勝手や利用し勝手、その効率さえよければそれでよいということになる。 これを煎じ詰めれば、「なるべく働かないで、なるべく多く貰う」の発想に繫がるのは言わずと知れたことだ。
これでは、人びとは日々、互いに互いを 「手段化競争、道具化競争」 をしていることになるではないか。 食わすべき対象を 「食いものにし合い化競争」 をしていることになってしまうではないか。
自分の 「消費生活」 のために働くという動機そのものは、ごく自然だ。 そこを否定しているのではない。 しかし、それによって得られるであろう報酬は、対象の役に立ったことの証でなくてはならず、その結果として手にすることができるものではないのか。 こう言ってもよい。 他者を食わすことを通じて初めて自分も食っていけるのだ、と。
青臭いことを言うな、寝惚けたことを言うな、果ては、そんな綺麗事を言うおまえさんはどうなんだと言われそうだ。 そこで三つのことを記しておく。
一つは、対象の役に立ちたい、人に喜ばれたいというのは誰もが持っている人間の欲求だ、ということ。 その中でこそ我われは、自分の生きがいや 「自分実現」 を実感できるのだ。
一つは、企業レベルにしろ個人レベルにしろ、対象の役に立つことこそが長期最大利潤への途だ、ということ。 対象への貢献が小なれば自分への収入も小であり、前者が大であれば後者も大となる。 タイムラグは付いて回るが。 そんなことは、被害者意識を捨てて現実を見ればすぐにわかることだ。
一つは、そうは言いつつも、そういう私自身もうっかりするとついつい目前の我利我利に負けてしまいかねない、ということ。 我われは、頭の中では真面なことを考えつつもいざ現実を目の前にすると、いつの間にか本来を忘れてしまい、無意識のうちに平然としてその逆をやりかねない、 ということである。 哲学や理念乏しくして欲があるかぎり、人間はそうなりかねないようだ。
要は、それを自覚して、自分自身のそれと闘おうとしているかどうかだ。 私が声を大にしたいのは、そして自分自身にも言わねばならないのはここだ。
*1 パナソニックのホームページ「企業情報/社史」http://panasonic.co.jp/history/テレビ朝日
『サンデーフロントライン』(2011年7月10日)
*2 テレビ朝日『サンデーフロントライン』(2011年7月10日)
*3 安藤百福著『インスタントラーメン発明王/安藤百福かく語りき』(2007年)中央公論新社
*4 朝日新聞(2002年1月12日)
*5 同 (2007年12月8日)
*6 同 (2010年9月5日)
*7 同 (2011年9月13日)
*8 同・夕刊(1997年10月4日)
*9 毎日新聞(1997年1月30日)
*10 朝日新聞・夕刊(1997年10月4日)
*11 村上龍著『13歳のハローワーク』(2003年)幻冬舎
村上龍著『新13歳のハローワーク』(2010年)幻冬舎
( 『人間力』 第一章一より抜粋に加筆)
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