我われの日々には、「いい」ことと「いや」なことがある。前者には、感動、達成感、そして何よりも「自分実現」がある。後者には、苦労、困る、悩む、辛いなどがある。
前者は快感この上ない。これに接して涙する人限りない。これらの多寡とその深さによって人生の質は決まる。対するに後者、不快感この上ない。これに接して涙する人また限りない。
我われ人間にとって、「いい」と「いや」は相容れない対極の存在であると、私は思い込んでいた。当然のことながら、「いい」を追い求め、「いや」から逃れようとがんばってきた。
今から十七年ほどまえである。この両者は、揃いの一対のものである、「紙の表と裏」であることに気づいた。表だけの紙はない。裏だけの紙もない。この世の総ては、表と裏で成り立っている。しかも、表と裏の大きさは等しい。さらに、表を見ているときは裏は見えず、裏を見ているときには表は見えない。
難題に直面し、重い荷を背負って大変なトンネルを潜っているときには、苦しいだけで先は見えない。それ故にこそ、それを抜けたところには達成感や感動、そして「自分実現」が待っているのだ。前者が暗ければ暗いほど、抜けたところはそれに呼応するかのように明るい。
私にとってこれは、大発見であった。同時に、この発見が遅かったことを悔いた。
この発見は、その後の私の心身に計り知れない勇気を与えてくれた。さらに、私のマネジメントの研究に衝撃的な影響をもたらせてくれることとなった。
『人を人として』の執筆途上の発見でありながら、しかしこの視点を、そこに色濃く表すことは避けた。確信がもてなかったからである。数年の後、我が家の菩提寺の改葬に伴なって幸運にも、道元(どうげん)禅師の「苦楽一如(くらくいちにょ)」に巡り合うこととなる。宗教家としてはもとより、哲学家としても名高く、私が仰ぎ見る高祖の言である。
「一如」とは、『広辞苑』には「一は不二、如は不異の意」とあり、『新明解国語辞典』には「現象としては違うが、根源においては一つであること」とある。「いい」と「いや」は紙の表裏は、私の中では図らずも「苦楽一如」によって証されることとなったのであった。
わかってみれば、これはあまりにも当りまえのことであった。こんなことはとうに承知している先達もいるであろう。今さら大発見などとは恥かしいと言うべきかもしれない。
あらゆるものの表と裏の大きさは等しい、とさきに記した。即ち、「いや」が小なれば「いい」も小、「いや」が大なれば「いい」も大ということだ。容易にできてしまうことには、「自分実現」どころか達成感も感動もなく、それこそ「別にぃ」である。事は小なれど、骨身を削る思いでやり遂げたものには、それこそ「やったぁ! 」が湧き起こる。不運にして達成できずとも、「今度こそ」となって次を生んでいく。
我われ人間は、「いい」を求めて日々を生きている。にもかかわらず我われは、そのための不可欠の「いや」を避けようとする。それから逃げることに専念する日々をやり過ごしかねない。表だけの紙を探しているわけだ。無い物ねだりもここに極まれり、である。
一遍こっきりの人生、そのように過ごして棒にふってしまうほど悲しく、空しいことが、他にあろうか。そう思いつつ、私も未だに「いや」から逃げる日々を綴っているのである。
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