東北大学の総長でおられたころの西澤潤一先生を同大学に訪ねたときのこと。 実験をやっていた学生が教授のところに 「自然現象が間違ってました」と報告してきた、という話しをうかがった。 呆気にとられたのも一瞬、先生と共に腹を抱えて大笑いした場面を今も忘れない。
自然科学の研究とは、自然の仕組みと法則をその個々の現象から教わっていくことであろう。 即ち、自然現象こそが自然科学における絶対の存在、“神様” なのだ。 その “神様” が間違っているということは、そう言う自分の頭の中の知識が絶対の存在、“神様” だということである。
事ここに至っては、狂気の沙汰と言わざるをえない。 ところが人びとのこの倒錯的な症状は今、巷によく見られるような気がしてならない。
なんでそんなところに陥ってしまうのか。 一つは人びとに 「対象」の概念が皆無だからであろう。 一つは 「教育」の “見事” なまでの否定的作用であろう。
まずは前者について。
人間の活動の大部分は 「対象」に「対応」していくことにある。 仕事ともなれば100パーセントがそれだ。 これには議論の余地はない。
対象と対応は真逆である。 対象の概念が皆無とは、その言葉は知れどもそれが意味するところを知らないということだ。 「対象」の概念を意識している人はゼロに限りなく近く、無意識下で有している人が2パーセントというところであろう。 だからであろうか、「対象」が「対応」に自動変換されるように、まるで “初期設定” されているかのようだ。
「組革研」での 「人・仕事関係」は、何よりもまず 「対象はどうなっているか」を自分たちで明らかにすることからスタートする。 参加者にはこれが至難の業なのだ。 寝る時間を削らざるをえなくなるのはここから生じる。
そして後者について。
最初に記しておくが、私は知識を軽んじているのではない。 知識は人類にとって至上無二とでも言うべき大事なものである。 ただしそれはどこまでも “道具” であって、それが世の “神” になることは永遠に無い。
にもかかわらずその知識を、 “神” と思しき絶対の存在だと人びとに “初期設定” してきたもう一つのものが、明治維新に端を発して今日まで続く教育観ではないか。 「知識偏重」なる批判があるが、そんな程度のダメさかげんではない。 私はこの現状に、「知識の上っ面化」「知識の借り物化」しかもその「知識の “神様” 化」などの言葉を並べたい。
途上では 「教育改革」云々なる言葉が現われてきたが、どんな改革がなされたというのか。 創造性だの思考力だの生きる力だのと言いながら、依然として人間を、知識と称しているものの容れ物扱いしてはいないか。 その枠内で、ゆとり云々だとかカリキュラムをいじくり回しているだけではないか。 その結果の否定的な作用が 「自然現象が間違ってました」ではないのか。
学校教育の成果をはかる試験問題を指して 「超難関ウルトラクイズ」と評したのは、青色発光ダイオードの開発で5年まえにノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏(カルフォルニア大学サンタバーバラ校教授)だ。 昨年のノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑氏(京都大学高等研究院特別教授)は、 「教科書に書いてあることを信じない。常に疑いを持って……」というメッセージを発しておられた。 共感あるのみ。 拙著の一部を、たしか入試にだったと記憶するが、地方の国立大学の経営学部から使わせてほしいという依頼があった。 もちろんOKしたが、引用されたその部分は、後の拙著で修正した文章であった。
このコラムの見出し 「西澤先生からいただいたもの・その2」とは、知識を “道具” として未来を創造した先生から、以上のような私の知行の背を押ししていただいたような気がしていることを指している。
「教育改革」についての私の着想は、2、3年後の著作『反常識』において、「人間観」「教育観」「仕事観」「マネジメント観」の4部作として著すつもりだ。
その 「教育観」の核心をここに記すと、 「何よりもまず、教育を受ける側のニーズ(知りたい、わかりたい)」をいかにして生み出していくかにある。
19.1.7.
藤田英夫
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