キャンパスリーダーの独り事

「何とかせねば」の「熱い思い」 ――リーダーという「人間」・3  No.195

193CL-e1496911734449.jpg  「何とかせねば」という「熱い思い」、もちろんその対象は仕事と部下である。
  私が親しくさせていただいた日渡惺朗さん(山陽特殊製鋼社長・当時)は「切なる思い」と言って、その重要性を強調しておられた。
  だが今、〝上〞の立場にある人たちの多くにこの思いが欠落してしまっていると言いたい。企業内組織の上長語るに及ばず、教師しかり、それが親にまで及んではいないか。
  組革研に「リーダー参加」する企業人の唯一絶対条件はこの「熱い思い」だが、たとえそこそこであっても、そうと認められる人は5分の1にも充たない。
  と言っても、当事者の自覚は別のようだ。問われるとほとんどの人が、自分は熱い思いをもっていると言う。そう言わざるをえないからならばまだ救われるのだが、傍から見てはノーなのに自分ではイエスと思い込んでいるとしたら、それこそ始末の悪いことになる。
  そういう〝上〞の下では、どういうことが起きてくるか。
  この社会を表して象徴的な子どもたちの「いじめ」問題に直面する学校教育従事者たちの一部に象徴的だ。事ここに至っても彼らは、マニュアルに従って対策委員会を設け、アンケート調査を実施し、あるいは相談所やカウンセラーを設置するなどの制度や方法論におぶさり、いじめ問題への対処〝手続き〞に終始していると断じたい。
  彼らからは、こんなにまで子どもたちを苦しめている「いじめ」など体を張ってでも許すものかという「人間」としての、いじめ問題を「何とかせねば」という熱い思いの、かけらすらも感じることができない。この人たちは、子どもたちを死の淵から守っているのではなく、自分の立場を守っているのだ。たった今も、取手教育委員会の実態が大問題となっている。
  念のため記しておく。家庭内問題が学校内に持ち込まれて教師たちがそれに振り回されている状態は承知している。

  話しは古いが、ここで北星学園余市高校の教師集団の動きを紹介しておきたい。
  余市町の誘致によって1965年に設立された同校は、後志管内23校中23番にランクされる底辺校として、当初からその存続が心配されていた。さらに少子化現象が追い討ちとなって、同校に慢性的な定員不足をもたらす。85年には、赤字補塡のために教職員の給与の一部を学校に寄付せざるをえないほどにまでなった。やがてそれも限界に達し、廃校の危機に直面。
  事ここに至って教師集団が立ち上がった。理事会の廃校案に対して、全国から高校中退者を受け入れるという再建案を提案したのだ。「中退者・問題児引き受けます!?」という見出しが付されて朝日新聞全国版に大きく取り上げられ、それを契機にして生徒数を充たして今日に至っている。
  3分の1が他校を退学したか退学させられた中退者、3分の1が不登校者、3分の1が低学力者。それまでの学校教育の中で、心に深い傷を負い、あるいは人間として否定され、だめ人間の烙印を押されてきた生徒たち。
  手口までがやくざ並みだ。「家に火を付けるぞ」「てめえの子どもが大事じゃないのか」と、あるいは漁師用の鯖裂きナイフを体に隠して、教師を脅す連中あり。暴走族や薬物中毒の体験者もちろん。彼らの過去を一堂に並べれば、世の中の悪とされるものの揃いぶみだ。
  このような16歳から18歳が600人も集まったら、どういうことになるか。校長の深谷哲也さんはふり返る。

  入学してきた1年間くらいは、いっときの油断もできません。鯖裂きナイフにやられないために、我われは腹に新聞紙を幾重にも巻いていました。
  最も基本になるものは、教師としての「願い、思い」を教師全員が共有していることです。これが絶対不可欠なのです。さもないと、「お前一人だろう、あの先公は違うぞ」となってしまう。教師の一人ひとりに、また教師間に少しでも隙があると、彼らはそこに割り込んでくるんです。

  教師全員が、制度や方法論に凭れるのではなく、人として体を張ってこの子どもたちに寄り添ったのだ。いじめや暴力などには断固として一歩もゆずらない。その一方で、生徒と共に泣き、共に向き合って生きている。
  事件が起きれば、教師集団の無制限一本勝負のミーティングが真夜中まで続く。「先生が半端じゃなかった」と言う卒業生がいた。
  教師が共有する「願い、思い」とは何か。深谷さんは続ける。

  思春期から青年期に入っていく子どもたちは、自分を見つけ出したいんですね。それなのに、自分の持っているものに気づかせられないどころか、自分の全部を否定されてきているんです。だから、自信もなく苦しんでいるんです。斜めに構えて悪いことばっかりしているのは、どうしようもなくて、空しいからですよ。
  そういう子どもたちであるが故に、この学校に今までとの違いをものすごく感じ、俺も頑張ってみようかとなるんだと思います。ああせいこうせいの管理ではとてもそうはなりません
  自分を取り戻し、まともな人間として生きていけるように育てないと、社会に出て、また、アウトサイダー、最底辺の労働者になって、自信のひとかけらもないままやっていくことになってしまいます。

  授業中の教室を覗いてみた。トランプ遊びをしているのもいれば漫画本を読んでいるのもいる。教室を一歩出ればタバコなどはごく普通。髭を伸ばしたおじさん風もいれば、モヒカンスタイルもいた。しかし、その範囲までだ。窓ガラス一枚とて破れてはいない。いじめ臭はどこにもない。
  なぜか私には、彼らがとても可愛く映っていた。
  人間としての種子が眠ったまま卒業していく生徒もいれば、手に負えず退学させた生徒もいるにはいた。だがそれらはごく一部。熱く熱く燃える生徒会行事、進学していく生徒もいれば、弁論大会では道内1位を毎年続けている。ヨットのインターハイで優勝する選手も出る。
  そして毎春、この学校がなかったら自分を失ったまま終わっていたであろう若ものたちが、それぞれの人生へと巣立っていく。「北星余市がなかったら、もしかしたら生きていなかったかもしれない」と語る生徒がいた。「北星余市は学校という名をつけてはいるが、人間が人間になるために手助けをしてくれている場所だ」と言う生徒がいた。

  (略)不登校生を全国的に、積極的に受け入れることのできる本校教育に身をもって嬉しさと楽しさを感じています。
  生徒たちは自由な雰囲気の中で、自主的で活発な学校生活を展開しています。薬物問題や禁煙問題を自主的に解決しようと意欲的な活動を展開しています。(略)
  〝どんなに暗い夜も、明けない夜はない〞

  今年(1998年)のお正月、深谷校長からいただいた年賀状だ。
  ( 『人を人として』第五章三より抜粋、加筆)

17.6.27.

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