キャンパスリーダーの独り事

人間は、自分が困れば必ず動く
――「状況」が人を動かす・1  No.186

186CL.jpg  人間は、 「状況」を実感すれば必ずそれに反応する。 理くつや言葉によって外から注入されるのではなく、自分で感じれば、である。
  状況が問題を生々しく顕在化させていればいるほど、人びとにとってはそれを実感しやすく、したがって人びとの反応もまた強く、早くなる。
  どんなに指示しても、てこでも動かないという男がいるとしよう。 その彼も、そこが火事にでもなれば即動く。 じっとしてはいられない状況を生々しく実感したからだ。 人間とは反対の本性を持っているロボット(今までの)はどうか。 指示によって即動くが、状況に反応することはない。 どこかの事業所が火事になってロボットが何台逃げ出した、なんていう話を聞いたことがあるだろうか。
  阪神・淡路大震災はまだ記憶に新しい。 あの状況でどれほどの人が動いたことか。 190万人にものぼるボランティアのほとんどは、遊んでばかりいると言われている若ものたちであった。 中には、海外旅行を取り止めそのお金を足代にしてかけつけた娘さんもいた。 誰からも指示されないのに、報酬やメダルがもらえるわけでもないのに、それどころか、寝食さえ儘ならぬほどの苦の連続が待ち構えているであろうに。

  仕事の状況は、たえず変化し、種々問題が姿を現してくる。その、思った通りではない状況、目をつむっては済ませられそうにない、我が身が直面する生々しい状況、それはいやなものだけれど、本当にいやなものだけれど、人間として生きていくことにとっての願ってもない糧なのだ。 これこそが、人びとをして人間力の発揮を 「誘い出す」、ときに 「強制」する大いなる源泉なのである。
  私が 「状況が人を動かす」ことに気づいたのは約30年まえ、その発想はそのままの書名となって毎日新聞社から出版され、ベストセラー、ロングセラーとなって20数刷りを重ねた。
  問題、つまり困った状況にぶつかると、初めて心や頭が動き出すのであって、それが無ければ精神活動はほとんど休んだまま、人間力の種子は眠ったままというのは、私だけではないと思う。 それが、人間の自然の姿ではなかろうか。
  我われの体は食べものを糧として活動し、成長していく。 我われの精神は問題を糧として活動し、成長していく。
  考えてみれば、状況によって動くのは人間に限らない。 動物だろうが植物だろうが、およそ生あるものの全てがそうではないか。 それぞれに作用する状況の種類が異なるだけなのだ。

  問題のない人生はないであろう。 問題のない企業なんてあろうはずがない。 生きているということも仕事をしているということも、たえず問題を起こし続けているということだからだ。 ということは、我われの精神活動の糧は有り余っているということになる。 とりわけ仕事においては。
  だとすると、仕事において人びとの人間力は発揮されているはずだ。 そうなっているか。 ノーだ。 なぜか?
  第一に、問題が消され、隠されているということがある。 第二に、たとえそうされていなくとも、我われ人間は、状況をよく見ていない、と言うよりもよく見ることができない、ということがある。
  第一について。 我われ人間は、問題を消そうとする、隠そうとする習性をもっている。 「臭い物には蓋をする」のだ。 問題を対症療法的に解決していこうとすること、いわゆる 「もぐらたたき」に象徴的である。 その問題は氷山の一角にすぎず、その下にはその種のものを生み出す体質ががっちりと根を下ろしていることを察知していながらも。
  もちろん問題は無くありたい。 しかし起きてしまったことは、せっかく姿を現した問題なのだ。 人びとの動き、改革・改善のための願ってもない 「宝」なのである。 にもかかわらず、その宝を消し去ることに一生懸命になってしまうわけだ。
  隠そうとする習性と言っても、騙すとかごまかすという意図的なものではない。 いつの間にか隠されているのと同じになっているという類のものである。
  部下からの報告の中身はどうであろう。 ミーティングでの話の内容はどうであろう。 まずいことは漏れて、うまくいっていることは満ちているのではなかろうか。 少しでも挑戦的に仕事をやっているのなら儘ならぬことのほうが多いと思われるのだが。 部下の仕事の先端に足を運んだときはどうであろう。 うまいことにそこで初めて出会うことはなく、まずいことがやたらと目に付くのではなかろうか。
  こうなる理由は、上部や周囲に対して、なるべく受け入れられやすいようにしなければという意識が自動的に働いて、我われはつい、まずいことは黙止してしまうのだと思う。 あるいは互いに、なるべく問題を見ない、聞かない、かかわらないで済むように、無意識のうちにそうしているのだと思う。 自ずとそうなるように、人間はできているのではなかろうか。
  第二の、我われはよく見ていない、見ることができないも、我われの習性であるようだ。 「見ることも聴くことも、考えることと同じように、難しい、努力を要する仕事なのです」と言う文芸評論家・小林秀雄さんの言に同感する。
  まずは、自分が知っている状況の一部をもってその全体を察し、いつの間にか、 「わかっている」と思ってしまうという習性である。 こうなるともう 「見れども見えず」。 インテリ自任者に典型的な症状だ。
  加えて、自分の都合で状況を見てしまう習性である。 「人間は本能的に自分の持っているイメージに合わせて対象を見ようとする。 つまり、自分のイメージに合わないものごとを、意識的に、あるいは無意識のうちに無視したり、切り捨てたりする」と、朝日新聞の記者であった森本哲郎さんが言っているが、これまた同感にたえない。
  これらの習性によって、問題は厳然と存在しているのに、まずいと思われることは影を潜め、うまくいっていることだけが目立つように、見てくれのいいように、状況はすっかりと “化粧”、 それも厚化粧されてしまっているということである。
  組織の中は化粧ごっこだ。 だめ組織ほど厚化粧であることは例を待つまでもない。
  それらの意図せざる結果として、人びとにとっては 「やる気」が「やらないで済ます気」に引きずられていくような、「贋」状況がでっち上げられているということである。
  だとするとどうするか。 それがこのコラムの次週からのテーマである。
  ( 『人を人として』第六章一より抜粋、加筆)

17.4.17.

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